近年の主な自然災害(2015~2024年)
熊本地震(2016年)
2016年4月14日、熊本県熊本市を震源とするマグニチュード6.5の地震が発生し、益城町で震度7を観測した。さらに約28時間後の4月16日には、マグニチュード7.3の地震が発生し、益城町と西原村で再び震度7を観測した。一連の地震活動の中で震度7が2度記録されたのは、観測史上初めてである。
震源域周辺では日奈久断層帯や布田川断層帯が活動し、地表には最大で数メートル規模のずれが確認された。これにより、住宅や道路などに大きな被害が生じた。
人的被害は深刻で、避難生活中の体調悪化などによる関連死が多く発生した。最大で約20万人が避難を余儀なくされ、避難所環境や被災者支援のあり方が大きな課題として浮き彫りとなった。
建物被害も甚大で、住宅の全壊・半壊・一部損壊は広範囲に及び、熊本県八代市を含む複数の自治体では庁舎の被災により行政機能の継続が困難となった。また、土砂災害やライフラインの寸断、交通機関の停止などにより、地域の生活基盤は大きな影響を受けた。
この地震を受け、物資を先回りして届ける「プッシュ型支援」や、避難所での生活環境改善が進められた。熊本地震は、地震被害だけでなく、避難生活の長期化や高齢者支援の重要性など、多くの教訓を残した災害である。
平成29年7月九州北部豪雨(2017年)
2017年7月5日から6日にかけて、梅雨前線や台風第3号の影響により、九州北部地方では記録的な大雨が発生した。6月30日から7月10日にかけての降雨では、福岡県朝倉市で1時間に129.5mm、長崎県壱岐市で93.5mm、大分県日田市や高知県香美市で87.5mmを記録するなど、各地で非常に激しい雨となった。気象庁はこの一連の豪雨を「平成29年7月九州北部豪雨」と命名している。
この豪雨では人的・住家被害が広範囲に及び、とくに山間部を中心に甚大な影響が生じた。特徴的だったのは、大量の流木が発生したことで、被害拡大の大きな要因となった点である。国土交通省の調査によると、過去の豪雨災害と比べて流木量は著しく多く、288の渓流のうち約半数で、1平方キロメートルあたり1,000立方メートルを超える流木が確認された。赤谷川など一部の渓流では、過去の災害を大きく上回る規模となった。
災害後、国土交通省は再発防止に向けた取り組みとして、被災した河川において治水機能を強化する改良復旧事業に着手した。また、近年の豪雨災害の特徴を踏まえ、全国の中小河川を対象に、土砂や流木の危険性、氾濫の可能性、水位把握が必要な箇所などについて、都道府県と連携した緊急点検が実施された。
大阪北部の地震(2018年)
2018年6月18日午前7時58分、大阪府北部を震源とするマグニチュード6.1の地震が発生した。震源の深さは約13kmで、都市直下型地震であった。この地震により、大阪市北区、高槻市、枚方市、茨木市、箕面市などで震度6弱を観測している。
震源周辺には有馬―高槻断層帯や生駒断層帯、上町断層帯など複数の断層帯が存在するが、政府の地震調査委員会によると、これらの活断層が直接活動した形跡は確認されていない。
この地震では、住宅被害や火災が発生し、都市部を中心に生活への影響が広がった。また、地震発生後、大阪府を中心とした関西地方では鉄道などの交通機関が広範囲で停止した。発生時刻が平日の朝だったこともあり、多くの通勤・通学者が移動困難となり、新淀川大橋をはじめとする橋では徒歩で移動する人々があふれるなど、大都市災害の特徴が顕著に表れた。
この災害で特に注目されたのが、ブロック塀の倒壊による被害である。街路や学校施設に設置されていたブロック塀が倒壊し、通行人や登校中の児童が巻き込まれる事例が発生した。なかには、建築基準法で定められた高さや構造の基準を満たしていない塀もあり、安全管理の不十分さが大きな問題として浮き彫りになった。
過去にも、1978年の宮城県沖地震などでブロック塀の倒壊が深刻な被害をもたらしたことを受け、1981年には建築基準法が改正され、ブロック塀の高さ制限や控え壁、鉄筋配置などの基準が定められている。しかし、今回の地震では、こうした基準を満たさない古いブロック塀が依然として多く残っている現状が明らかとなった。
この地震を契機に、全国でブロック塀の安全点検が実施され、特に学校施設を中心に撤去や改修が進められることとなった。さらに2018年11月には、避難路沿いにある一定規模以上の既存不適格ブロック塀について、耐震診断を義務付ける制度が導入されるなど、再発防止に向けた対策が強化されている。
平成30年7月豪雨(西日本豪雨災害)(2018年)
2018年7月5日から8日にかけて、西日本を中心に記録的な豪雨が続き、各地で甚大な被害が発生した。この豪雨について、気象庁は7月9日に「平成30年7月豪雨」と命名している。
7月初旬、西日本付近に停滞した梅雨前線に、南から湿った空気が流れ込み、広い範囲で大雨が降り続いた。気象庁は、梅雨前線の活発化と大量の水蒸気の供給が、記録的豪雨の主な要因と分析している。このため、6日以降、気象庁は岐阜県や中国・四国・九州の各県に対し、「数十年に一度の重大な災害が予想される」として大雨特別警報を発表した。
豪雨の影響により、西日本を中心に河川の氾濫や浸水、斜面崩壊による土砂災害が相次ぎ、住宅や社会インフラに深刻な被害が生じた。岡山県倉敷市真備町では、河川の堤防決壊により広範囲が浸水し、市街地の大部分が水没した。この背景には、本流の水位上昇によって支流の水がせき止められる「バックウォーター現象」があったとされている。
広島県でも、各地で土石流や斜面崩壊が多発し、住宅地に大きな被害をもたらした。とくに被害を拡大させた要因として、花崗岩地帯に特有の「コアストーン」と呼ばれる岩塊が、土石流とともに住宅地へ流入したことが注目された。
愛媛県では、河川の氾濫や土砂災害が発生し、特に果樹園の多い地域では表層崩壊による農業被害も顕著であった。このほか、近畿地方や九州地方でも、各地で水害や土砂災害が相次いだ。
このように、西日本の広範囲に及んだ平成30年7月豪雨は、平成に入ってから最大規模の豪雨災害の一つと位置付けられており、今後の防災・減災対策において重要な教訓を残した災害である。
北海道胆振東部地震(2018年)
2018年9月6日午前3時7分、北海道胆振東部を震源とするマグニチュード6.7の地震が発生した。震源の深さは約37kmの内陸直下地震で、勇払郡厚真町では震度7を観測し、安平町やむかわ町などで震度6強、札幌市内の一部でも震度5強から6弱を観測した。北海道内で震度7が観測されたのは、この地震が初めてである。気象庁は同日、この地震を「平成30年北海道胆振東部地震」と命名した。
この地震では、多くの人的被害や住宅被害が発生したほか、地震直後には離島を除く北海道内のほぼ全域で大規模な停電が発生した。約295万戸が一時的に電力供給を失い、いわゆるブラックアウトとなったことで、交通、医療、通信など市民生活に大きな影響が及んだ。
被害の大きな特徴の一つが、厚真町を中心に発生した大規模な土砂災害である。震度7を記録した地域周辺では、広い範囲にわたって斜面の表層が崩れ落ちる「表層崩壊」が相次ぎ、吉野地区などでは多くの住宅が大量の土砂に埋まる被害を受けた。現地では、丘陵地の斜面が広範囲に崩れ、山肌がむき出しになる光景が見られた。
この地域の地盤は、軽石や火山灰などの火山噴出物で構成されており、水を含むと滑りやすくなる性質をもつとされている。地震の前日には台風による降雨があり、地盤が多くの水分を含んだ状態であったと考えられている。そこに強い地震の揺れが加わったことで、土砂崩れが一気に発生したとみられており、この地震は「地震と大雨が重なった複合的な災害」と位置づけることができる。
また、この地震では土砂災害だけでなく、市街地における地盤災害も顕著であった。札幌市清田区の美しが丘地区、清田地区、里塚地区などでは、地盤の液状化や流動化による被害が発生し、道路の陥没や住宅の傾斜などが確認された。これらの地域では、過去の地震でも同様の地盤被害が発生しており、災害が繰り返される形となった。
とくに被害が大きかった里塚地区では、地盤が大きく沈下し、多くの住宅が傾く被害が生じた。強い揺れによって地下に埋設されていた水道管が損傷し、水が噴き出したことで土砂が流出し、道路が波打つように変形したり、大きな穴が開いたりする状況が発生した。その結果、地盤全体が不安定となり、住宅の沈下や傾斜につながったと考えられている。
この地域は、もともと谷地形で川が流れていた場所を、1970年代後半に火山噴出物などを用いて埋め立て、住宅地として開発した経緯がある。そのような土地の成り立ちが、地震時の地盤災害の発生に大きく影響したといえる。
北海道胆振東部地震の被害を振り返ると、過去の大地震においても、埋立地や造成地などで液状化をはじめとする地盤災害が繰り返し発生していることが分かる。この地震は、住んでいる土地がどのように形成されてきたのかという「土地の履歴」を知っておくことが、防災・減災の観点から重要であることを改めて示した災害であった。
令和元年房総半島台風(台風15号)(2019年)
2019年9月5日、南鳥島近海で発生した令和元年房総半島台風(以下、台風15号)は、小笠原近海を北西に進みながら急速に発達した。8日午後9時ごろには神津島付近で中心気圧955hPaとなり、「非常に強い」勢力を保ったまま、9日午前3時ごろに三浦半島を通過し、東京湾を北東進して午前5時ごろ千葉市付近に上陸した。
上陸時の中心気圧は960hPa、最大風速は35.9m/sを記録し、関東地方では過去でも最強クラスといえる台風となった。台風15号は比較的コンパクトな構造で、強風域が狭かったため、接近するまでは風がそれほど強く感じられず、接近後に突然、激しい暴風に見舞われるという特徴があった。
台風の北上に伴い、進路の右側にあたる「危険半円」となった千葉県、とくに房総半島では猛烈な南風が吹き荒れた。最大瞬間風速は、館山市で48.8m/s、木更津市で49.0m/sを観測している。
この記録的な強風により、千葉県や神奈川県などで一時約93万戸が停電した。とくに房総半島では、送電線の鉄塔2基と電柱84本が倒壊し、さらに多数の倒木が電線を切断したことで、被害が広範囲に及んだ。大量の倒木が発生した背景には、林業の衰退によって山林の手入れが十分に行われていなかった実態も指摘されている。
東京電力は当初、9月11日中の全面復旧を見込んでいたが、その後見通しは相次いで変更された。山間部を中心に倒木が想定以上に多く、作業員の立ち入りや復旧作業が困難だったことなどが要因とされている。その結果、停電は長期化し、住民は不便な生活を余儀なくされた。
一方で、農業や畜産業への影響も深刻だった。農業用ハウスの倒壊などが相次ぎ、千葉県の発表によると、農林水産業の被害額は400億円を超えた。畜産分野では、停電の長期化により空調設備が停止し、家畜が大量に失われるなど、大きな打撃を受けた。
このように台風15号は、強風を中心に、電力・生活基盤・産業の各分野へ大きな影響を及ぼした災害であり、都市部における暴風対策や、停電の長期化を想定した備えの重要性を改めて浮き彫りにした台風であった。
令和元年東日本台風(台風19号)(2019年)
2019年10月6日にマリアナ諸島の東海上で発生した令和元年東日本台風(以下、台風19号)は、発達しながら北上し、10月12日午後7時前、大型で強い勢力を保ったまま伊豆半島に上陸した。その後、関東地方を通過し、13日未明に東北地方の東海上へ抜けた。
台風は、平年より高い海水温の海域を通過したことで、非常に強い勢力へと発達した。
台風19号は規模が大きく、接近前から湿った空気が流れ込み続けたことで雨雲が発達した。台風本体の影響も加わり、関東甲信地方や東北地方を中心に、広い範囲で記録的な大雨となった。
10月10日以降の総雨量は、関東甲信地方や静岡県の多くの地点で500mmを超え、神奈川県箱根町では1000mmに達した。各地で観測史上最大クラスの豪雨が続いた。
この大雨により、千曲川や阿武隈川、那珂川など多くの河川で氾濫や堤防の決壊が相次ぎ、住宅や公共施設が広範囲で浸水した。千曲川では長野市美保地区で堤防が決壊し、周辺の住宅地や学校、医療機関などが被害を受けた。北陸新幹線の車両基地も浸水し、鉄道への影響も大きかった。
宮城県丸森町や栃木県足利市、多摩川流域などでは、本流の水位上昇により支流が氾濫する「バックウォーター現象」による浸水被害が発生した。
また、豪雨に伴う土砂災害も各地で多発し、1つの台風としては近年でも特に多い規模となった。農地の浸水や果樹の被害など、農林水産業への影響も広範囲に及んだ。
このように台風19号は、記録的な大雨によって河川災害や土砂災害が同時多発した災害であり、広域的な水害対策や、早めの避難行動の重要性を改めて示した事例といえる。
令和2年7月豪雨(2020年)
2020年7月は、梅雨前線が本州付近に長期間停滞し、暖かく湿った空気が西日本から東日本に流れ込みやすい状況が続いた。このため、広い範囲で記録的な大雨が降り、各地で深刻な被害が発生した。気象庁は、この一連の大雨を「令和2年7月豪雨」と命名している。
とくに7月3日から8日にかけては、前線の活動が活発化し、九州では4日から7日にかけて多数の線状降水帯が発生するなど、観測史上最大級の大雨となった。前線の停滞と活発化が繰り返されたことで、同じ地域に雨が降り続いたことが被害拡大の要因となった。
被害が集中したのは、熊本県を流れる球磨川水系で、八代市や人吉市など流域各地で、堤防の決壊や河川の氾濫が相次いだ。人吉市では市街地の広い範囲が浸水し、過去の水害を上回る水位に達した地域もあった。八代市坂本町では、流木や土砂が住宅地に流れ込み、大きな被害となった。
また、球磨村では、高齢者施設が浸水する被害が発生し、救助活動が行われたものの、避難の難しさや情報伝達の課題が浮き彫りとなった。周辺地域では、浸水深が非常に深くなった場所も確認されている。
福岡県大牟田市では、短時間に非常に多くの雨が降り、河川の氾濫は免れたものの、排水能力を超えた雨量により内水氾濫が発生した。道路の冠水によって、避難所となっていた施設が一時的に孤立する事態も生じている。このほか九州各地でも、筑後川や大分川、玖珠川などで、支流を含めた浸水被害が相次いだ。
気象庁は、今回の豪雨について、地球温暖化の進行に伴い、大気中の水蒸気量が増加したことが、降水量を増やした可能性があると指摘している。令和2年7月豪雨は、長雨と集中豪雨が重なることで被害が拡大することを示した災害であり、流域全体での防災対策や早めの避難判断の重要性を改めて示す事例となった。
令和6年能登半島地震及び令和6年9月20日からの大雨被害(2024年)
1.元旦に襲った「令和6年能登半島地震」
2024年1月1日16時10分、石川県能登半島を震源とするマグニチュード7.6の地震が発生した。石川県輪島市および羽咋郡志賀町で震度7を記録したほか、北陸地方を中心に、北海道から九州地方にかけて震度6強から震度1までの揺れが観測された。
気象庁は直ちに緊急地震速報(警報)を発表し、続いて新潟県・富山県・石川県に津波警報を、日本海沿岸の広い範囲に津波注意報を発表した。石川県輪島市では1.2m以上の津波を観測し、珠洲市・能登町・志賀町の3市町で、合計約190haにおよぶ浸水が確認された。とくに珠洲市では、浸水深が約4mに達したと推定されている。気象庁はこれら一連の地震活動を「令和6年能登半島地震」と命名した。
被害は石川県を中心に1府8県に及び、人的被害や住家被害は極めて大きなものとなった(総務省消防庁まとめ、2024年10月29日現在)。また、輪島市の「輪島朝市」周辺では大規模な火災が発生し、焼失面積は約5万800㎡、およそ300棟が焼損したと推定されている。火災は輪島市に限らず、新潟・富山・石川の3県で計17件確認され、上越市では石油コンビナート等特別防災区域内での火災も発生した。
ライフラインへの影響も深刻で、発災当日には約4万戸が停電した。上水道は6県35市町村、13万戸以上で断水が生じ、輪島市・珠洲市では5月末まで復旧しない地域もあった。道路や鉄道の寸断は、救助・救援活動や物流に長期的な影響を与え、孤立集落も一時発生した。
能登半島は三方を海に囲まれ、山がちな地形で平地が少ない。この地理的条件により、道路の啓開や物資輸送が復旧の大きな課題となった。災害ボランティアの受け入れも当初は難航したが、復旧の進展とともに活動は本格化し、8月までに延べ14万人が現地で支援にあたった。
この地震は、被災地の地形や交通条件が復旧の速度に大きく影響すること、そして平時からの備えと支援体制の重要性を改めて浮き彫りにした。
2.能登地方で多重・複合災害となった「9月20日からの大雨災害」
能登半島地震からの復旧・復興が途上にあった2024年9月20日、今度は大雨が被災地を襲った。停滞前線に台風14号の影響が加わり、能登半島では20日ごろから雨量が増加。21日には線状降水帯が発生した。
線状降水帯とは、発達した雨雲が同じ場所に次々と流れ込み、非常に激しい雨が長時間続く現象で、近年の豪雨災害でたびたび確認されている。
気象庁は石川県の一部地域に大雨特別警報を発表し、最大級の警戒を呼びかけた。県は速やかに災害救助法を適用し、消防・自衛隊などによる救助活動が行われたが、総降水量は多い地点で500mmを超え、河川の氾濫や土砂災害が相次いだ。
この大雨が深刻化した背景には、地震によって地盤が緩んだ状態で豪雨が発生したことがある。複数の河川で氾濫が起き、道路の通行止めや断水などインフラ被害も重なった。さらに、地震後に整備された仮設住宅の一部が浸水し、再び避難を余儀なくされる住民もいた。
このように、9月の大雨は、地震災害の復旧途中に発生したことで、多重・複合型災害となった。政府はこの災害を激甚災害に指定し、被災者生活再建支援法の適用も決定したが、人口流出が続く地域もあり、復旧・復興には長期的な支援が求められている。
この一連の災害は、単独の災害だけでなく、災害が重なることを前提に備える必要性、そして復旧途上の地域ほど、次の災害に弱くなるという現実を、私たちに強く突きつけている。