南海トラフ地震と臨時情報を理解する
南海トラフ地震について
駿河湾から四国・足摺岬沖広がる南海トラフ地では、ここでは過去に何度もマグニチュード8クラスの巨大地震が発生してきました。
記録をたどると、おおむね100~200年程度の間隔で、大きな地震が繰り返し起きています。
南海トラフ地震の特徴の一つは、発生の仕方が毎回同じではないことです。
東海・東南海・南海と呼ばれる領域が、同時に一気に揺れる場合や数時間~数年の時間差で順番に起こる場合など、さまざまな形で発生してきました。
このように発生パターンが多様であることから、政府の地震調査委員会は、従来の「東海・東南海・南海」と個別に分けて評価する方法を見直し、南海トラフ全体を一つの巨大地震帯として評価する方針に変更しました。その結果、「南海トラフでマグニチュード8以上の地震が、今後30年以内に発生する確率」は、80%程度(2025年1月時点)とされています。
南海トラフ最大の地震
これまでの南海トラフ地震の想定では、1707年の宝永地震や1854年の安政東海・南海地震など、過去数百年間に起きた最大級の地震や津波の再来を想定することが一般的でした。
しかし、2011年の東北地方太平洋沖地震を受け、限られた期間の記録だけをもとに、次に起こる地震や津波を予測することには限界があることが明らかになりました。
南海トラフ地震の中で、震源域の広がりが比較的よく分かっているのは、宝永地震、安政の地震、昭和の地震の3例に限られています。しかも、これらの地震でも発生の仕方は大きく異なっています。このため、有史以前に宝永地震を上回る巨大地震が起きていた可能性を調べるため、各地で津波堆積物の調査が進められています。
南海トラフ巨大地震への備えを進めるため、国は中央防災会議のもとで検討を行い、被害想定の見直しを続けています。その一環として、2019年6月に、建物の耐震化の進展、最新の人口動向、津波避難訓練の実施状況、避難ビルの指定状況、ライフライン整備などを反映した被害想定の再計算が公表されました。
この想定では、被害が最も大きいケースで、死者数は23万1000人、建物の全壊棟数は209万4000棟と推計されています。減災目標の途中段階ではありますが、単純比較では、人的被害は5年間で28%減少した一方、建物被害は12%減にとどまっており、目標とする10年間で50%減には達していません。
また、建物や資産の直接被害額は171兆6000億円とされ、資材価格の高騰などの影響により、以前の想定より増加しています。一方で、人的被害の減少により、生産やサービスへの影響などの間接被害額は36兆2000億円に減少しています。
瀬戸内地域には、日本の火力発電量の約半分を担う発電所や、西日本の多くの製油所・油槽所が集まっています。このため、大地震が発生すると、電力や燃料の供給に広い範囲で影響が及ぶおそれがあります。災害時には、電力の融通や燃料輸送のための迂回路の確保、備蓄の充実、事業の継続と早期復旧に向けた対策が重要とされています。
また、内閣府と国土交通省によると、南海トラフ巨大地震が発生した場合、地盤の液状化によって全壊する住宅は、34都道府県で約11万~13万戸に達するとされています。
液状化対策には国の補助制度がありますが、工事費が高額になることから住民の負担が大きく、十分に進んでいないのが現状です。
地震による液状化は長期的な生活再建や地域の復旧に大きな影響を及ぼすため、制度の周知とともに、自治体による継続的な対策が求められています。
南海トラフ地震臨時情報の仕組み
南海トラフ地震とこれまでの対策の流れ
南海トラフ沿いでは、過去おおむね100年から150年程度の間隔で大きな地震が発生してきました。
1707年の宝永地震、1854年12月の安政東海地震・南海地震、1944年と1946年の昭和東南海地震・南海地震では、震源域の東側と西側で地震が続いて発生する傾向が見られています。
1970年代には、駿河トラフ沿いで発生すると考えられた「東海地震」に対し、直前予知を前提とした対策が検討され、1978年に大規模地震対策特別措置法(大震法)が制定されました。
これにより、前兆現象が観測された場合に「警戒宣言」を発令する仕組みが整えられました。
しかし、1995年の阪神・淡路大震災や、2011年の東日本大震災を経て、確度の高い直前予知は困難であることが明確になりました。
2017年には、警戒宣言の前提となっていた予測は現実的ではないとの見解が示され、警戒宣言は事実上、凍結されています。
南海トラフ地震臨時情報が作られた理由
一方で、南海トラフでは、
- 震源域の一部で地震が起きた後、別の場所で続いて発生する可能性があること
- 東日本大震災の2日前にM7.3の地震が起きていたこと
などが確認されており、「完全な予知はできなくても、注意を呼びかける情報は必要」と判断されました。
この考え方にもとづき、南海トラフ地震臨時情報の仕組みが整えられ、2019年5月から運用が始まりました。
南海トラフ地震臨時情報の種類
臨時情報には、次の4つがあります。
- 調査中
南海トラフの震源域周辺で、
・気象庁マグニチュードでm6.8以上の地震が発生した場合
・通常とは異なる「ゆっくりすべり」が発生した可能性がある場合
に発表され、専門家による評価検討会が開かれます。 - 巨大地震警戒
評価の結果、プレート境界でMw8.0以上の地震が発生したと判断された場合に発表されます。
震源域の東側または西側だけで地震が起きた「半割れ」の状態を想定しています。 - 巨大地震注意
Mw7.0以上の地震や、プレートの固着状態が変化していると考えられる場合に発表されます。
過去の地震で見られた「一部が先に動く」ケースや、想定されていた前兆すべりを念頭に置いたものです。 - 調査終了
特別な変化が確認されなかった場合に発表されます。

※1(半割れケース)
南海トラフの想定震源域にあるプレート境界で、マグニチュード8.0以上の地震が発生した場合。
※2(一部割れケース)
南海トラフの想定震源域にあるプレート境界で、マグニチュード7.0以上8.0未満の地震が発生した場合、
または想定震源域の外側(海溝軸の外側おおむね50km以内)で、マグニチュード7.0以上の地震が発生した場合。
※3(ゆっくりすべりケース)
観測により、通常とは異なるゆっくりすべりが確認された場合。
臨時情報が出たときの基本的な考え方
臨時情報が発表されても、原則として社会生活は維持します。
そのうえで、日ごろの地震対策や避難行動を改めて確認することが基本です。
ただし、「巨大地震警戒」が発表された場合には、
後から発生する地震によって津波避難が間に合わないおそれのある地域について、市町村が事前に避難対象地域を指定し、1週間の避難を呼びかけます。
避難先は、知人や親類の家を基本とし、難しい場合は市町村が避難所を確保します。
避難所では、避難者自身が主体となった運営と、必要最低限の備えが前提とされています。
企業についても、可能な範囲で事業を継続することが求められています。
最近の発表事例と今後の課題
2024年8月8日、日向灘でm7.1の地震が発生し、初めて**南海トラフ巨大地震臨時情報(巨大地震注意)**が発表されました。
その後、特別な地殻変動は観測されず、1週間後に注意の呼びかけは終了しましたが、一部地域では海水浴場の遊泳禁止や、新幹線の徐行運転などが行われ、社会への影響も見られました。
また、2025年1月13日には日向灘でm6.6の地震が発生し、「調査中」が発表されましたが、精査の結果Mw6.7と判明し、約2時間半後に「調査終了」となりました。
これらを受けて、国は自治体との意見交換を進め、今後は情報発表時に内閣府防災担当者が同席するなど、運用の改善が進められています。