避難所における留意事項
避難生活で「震災関連死」を防ぐために
震災による犠牲は、家屋の倒壊や津波といった「直接死」だけではありません。避難生活の過酷さや持病の悪化による「震災関連死」は、過去の大規模災害において直接死を上回るケースも報告されています(熊本地震では直接死の約4倍)。
関連死の主な原因は、トイレを控えることによる脱水、エコノミークラス症候群、感染症、そして心身の消耗です。本節では、避難所で「命を落とさない」ための具体的な留意事項を解説します。
トイレ問題
避難所運営では、高齢者への配慮が重要な課題となります。
阪神・淡路大震災では、避難所生活の中で多くの高齢者が亡くなりました。震災で亡くなった人の約14%を占めており、このような災害後の死亡は「震災関連死」と呼ばれています。死亡原因としては高血圧などの持病の悪化や肺炎が多く報告されていますが、その背景には、避難所でのトイレ問題があったと指摘されています。
また、熊本地震では、地震による直接死が50人であったのに対し、避難生活の負担や負傷の悪化などにより223人が亡くなりました(総務省消防庁)。
避難所ではトイレの数が不足しやすく、さらに仮設トイレが居住スペースから離れた場所に設置されることも少なくありません。その結果、トイレの利用回数が多い高齢者が水分摂取を控えるようになり、体調を崩してしまうことがあります。
このような事態を防ぐためには、高齢者ができるだけトイレを利用しやすい環境を整えることが重要です。
エコノミークラス症候群
新潟県中越地震、東日本大震災、熊本地震では、エコノミークラス症候群による死亡が報告されています。
エコノミークラス症候群は、長時間同じ姿勢を続けることで血流が悪化し、血栓ができることで発症します。車中泊が原因となるケースが多いとされていますが、車中泊でなくても、避難所生活の中で長時間足を動かさない状態が続けば発症する可能性があります。
実際に、小千谷市や西原村の避難所で実施された調査では、避難者の中から血栓が確認された事例も報告されています。
また、熊本県の調査では、2016年9月29日までに入院を必要とした患者が52人確認され、そのうち34人が65歳以上でした。
熊本地震の避難所では、エコノミークラス症候群の予防として次のような対策が推奨されました。
こまめに水分を補給する
足首を回す、足の指を動かすなどの体操を行う
ふくらはぎをマッサージする
また、ダンボールベッドの提供や医療用弾性ストッキングの配布も行われ、一定の効果があったとされています。避難生活では身体活動が減少しやすいため、意識して体を動かすことが重要です。
環境悪化から命を守る「衛生・健康管理」
避難生活が長期化すると、住環境の悪化が深刻な健康被害をもたらします。過去の教訓に基づき、以下の3つの視点で環境を維持することが重要です。
① 住環境の衛生保全(アレルギー・感染症対策) 劣悪な衛生環境は、喘息やアレルギーの悪化を招きます。ボランティアや避難者自身が協力し、以下の対策を継続しましょう。
- 寝具のケア: 布団や毛布の定期的な交換、天日干し(カビ・ダニ対策)。
- 害虫・粉塵対策: 掃除機や除湿機の活用、防虫剤・殺虫剤による害虫(ハエ・蚊)の駆除。
- 清掃の習慣化: 定期的な大掃除を実施し、共有部の清潔を保つ。
② 高齢者の「生活不活発病」を防ぐ 身体活動が減ることで筋力や心身機能が低下する「生活不活発病(廃用症候群)」は、高齢者の寝たきりや認知機能低下の原因となります。
- 活動機会の創出: 地域活動への参加や、日常生活の中での役割(清掃や配膳等)を分担し、体と頭を使う機会を作る。
- 段ボールベッドの活用: 床からの冷えを防ぎ、立ち上がりを楽にするベッドの導入は有効です。
- 交流スペースの確保: プライバシーを守りつつも、互いに顔を合わせて会話ができる「オープンスペース」を設け、孤立を防ぐ。
③ 夏季の熱中症対策 エアコンがない環境下では、特に注意が必要です。
- 通風と冷却: 扇風機の設置、うちわ・扇子の配布、涼しい服装の推奨。
- 積極的な水分補給: 喉が渇く前に、こまめな水分・塩分補給を呼びかける。
- ※火災防止のため、段ボールベッド周辺での火気使用や電気配線には十分注意してください。
感染症対策と避難所
過去の大規模災害では、多くの避難所で「密閉・密集・密接」、いわゆる3密の状態が避けられませんでした。通路が確保できないほど混雑する避難所も見られました。
しかし、感染症対策が重要視される現在では、避難所の運営方法を見直す必要があります。避難所で感染症の拡大を防ぐためには、次の三つの対策が重要です。
避難所や避難先を増やす
避難所へ避難する人数を減らす
避難所内で感染防止対策を徹底する
「避難」の考え方
避難とは、文字通り「難を避ける」ことです。必ずしも指定された避難所へ行くことだけを意味するものではありません。
重要なのは、災害時に安全な場所にいることです。もし現在いる場所が危険な場合には、感染症の流行状況に関係なく、速やかに避難行動をとる必要があります。
在宅避難・分散避難
避難所の感染症リスクや環境ストレスを回避する有効な手段が、自宅に留まる「在宅避難」や親戚宅等への「分散避難」です。ただし、これには事前の「自助」が不可欠です。
■ 在宅避難の4条件
- 住宅の耐震性が確保されている
- 家具の固定が完了している
- 1週間分以上の備蓄がある
- ハザードマップで安全が確認されている
[💡チェック:必要な備蓄品リストはこちら]
そもそも「避難所がどのような仕組みで動いているのか」を知っておくことも、在宅避難の判断基準になります。詳細は前ページの「避難所運営の基本。住民が主体となるコツ」をあわせてご確認ください。
避難所での感染症対策
(1)避難所収容人数の見直し
感染症対策では、避難者同士の距離を確保する必要があります。
岐阜県庁の避難所運営マニュアルでは、従来300人収容できた体育館の場合、2mの距離を確保すると約130人程度、パーティションを使用しても約200人程度になるとされています。
そのため、各自治体は避難所の収容可能人数を見直し、必要に応じて新たな避難所の指定や協定の締結を進めることが求められています。
(2)避難所のゾーニング
感染症対策では、避難者の健康状態に応じて生活エリアを分ける「ゾーニング」が重要になります。
これらのグループは、居住スペースだけでなく、トイレや動線なども分け、接触が起こらないよう配慮する必要があります。
(3)事前受付による水際対策
避難所内での適切なゾーニング(区分け)を実現するためには、入り口に「事前受付」を設置し、避難者全員の健康状態を正しく把握することが第一歩となります。
受付での主な実施項目
- 健康スクリーニング: 検温の実施、および発熱や咳などの症状の有無を確認。
- 衛生管理の徹底: 手指消毒の実施、およびマスク着用の呼びかけと確認。
(4)換気・消毒・清掃の徹底ガイド
避難所内での集団感染(クラスター)を防ぐため、個人と運営側の双方が連携して対策を継続します。
【個人の注意点:自分と周りを守る】
- 身体的距離の確保: 前後左右2m程度の間隔を常に意識する。
- 基本の徹底: 手洗いの励行、マスクの常時着用、毎日の検温と体調報告。
【運営側の対策:環境を維持する】
- 衛生資材の配置: 出入口やトイレ、洗面所など主要な場所にアルコール消毒液を常備する。
- 高頻度接触箇所の消毒: 手すり、ドアノブ、スイッチ類など、不特定多数が触れる場所を定期的に消毒する。
- 接触機会の低減: 物資配布時の並び方の工夫や、手渡しを避けるなどの配慮を行う。
【重要:正しい「換気」の方法】
「換気」とは、単に空気を循環させることではなく、「空気を完全に入れ替えること」です。
- 二方向開放: 少なくとも2箇所の窓や扉を開け、風の通り道を作る。
- 定期的実施: 30分に1回程度を目安に行う。
※窓を閉めたまま、サーキュレーター等で空気を回すだけでは不十分であることに注意してください。
まとめ
避難所生活では、トイレ問題や健康管理、衛生環境の維持などが重要な課題となります。特に高齢者は体調を崩しやすいため、トイレ環境の整備や身体活動の確保などの配慮が必要です。また、感染症対策の観点からは、避難方法を多様化し、在宅避難や分散避難を活用して避難所の過密を防ぐことが求められます。避難所ではゾーニングや事前受付、換気・消毒などの対策を徹底し、集団生活の中でも安全な環境を維持することが重要です。
※本ページは、防災・減災に関する基礎的な情報を、一般の方にも分かりやすく整理したものです。
災害時の判断や行動は、地域や状況によって異なるため、必ず公的機関からの最新情報を優先してください
※本ページは『防災士教本(2025年度版)』(日本防災士機構)を参考に再構成しています。
