津波への備えと避難行動の基本津波を正しく理解する
津波とは?
津波とは、海底や沿岸で起こる急激な地盤の上下変動によって、海底から海面までの海水全体が大きく動くことで発生する異常な波のことです。
通常の風によって生じる波(波浪)とは仕組みがまったく異なり、水面だけでなく “海水の塊そのもの” が押し寄せるため、極めて強い力を持っています。
津波は波長が非常に長く、ゆっくりと盛り上がるように押し寄せるのが特徴です。沿岸に到達してもエネルギーが衰えにくく、同じ高さの波でも通常の波とは比較にならないほど大きな押し流す力を持ち、家屋や車を一気に押し流してしまうほどの破壊力があります。
また、津波は 多大な被害、とくに甚大な人的被害を引き起こす災害 として知られています。2004年のスマトラ島沖巨大地震(M9.2)では、インド洋沿岸で死者が23万人を超え、2011年の東北地方太平洋沖地震でも約1万9000人の犠牲者が発生しました。これらは、津波の破壊力と危険性を象徴する大災害です。
日本では、過去の津波災害の経験からさまざまな対策が進められており、世界的にも津波研究の先進国です。また、「tsunami」という語はローマ字表記のまま国際語となっており、世界中で同じ名称が使われています。
▼津波の発生原因
津波は、海水が大きく動くことで発生する「特別な波」です。
その原因は大きく 2つ に分けられます。
地震性津波とは
海底で発生した地震が原因で起こる津波 のことです。
海底で大きな地震が起きると、海底の地面が一瞬で持ち上がったり沈んだりします。
この“海底の上下動”により、上にある海水全体が持ち上げられたり押し下げられたりし、その変化が周囲に波として一気に広がります。これが地震による津波です。
日本で発生する津波の多くはこのタイプで、
・1993年 北海道南西沖地震
・2011年 東北地方太平洋沖地震
などの大津波も、この地震性津波によるものです。
は非常に大きな津波になることがあります。
非地震性津波とは
地震以外の原因で発生する津波のことを、まとめて非地震性津波と呼びます。
主な原因は、火山噴火・山体崩壊・気象の影響(気圧変動)などです。
火山噴火による津波
海底火山の大きな噴火は海面を押し上げるため、津波を発生させることがあります。
例として、2022年のトンガ海底火山噴火では日本沿岸でも最大約1mの潮位上昇が観測されました。
このときは、噴火で生じた大気の衝撃波(空振)が海面を揺らしたことが影響しており、
こうした大気の急変で発生する津波は「気象津波」と呼ばれています。
このときは、噴火で生じた大気の衝撃波(空振)が海面を揺らしたことが影響しており、
通常の地震による津波よりも2時間以上早く日本に到達したという特徴がありました。
このように、大気の急変が原因で発生する津波は「気象津波」と呼ばれています。
気象庁では、大規模噴火による津波の可能性がある場合にも警報・注意報を発表する運用が行われています。
▼弱い揺れでも大津波となることがある──津波地震
津波にはいくつかのタイプがあります。多くの津波は、海底で強い地震が発生し、陸でも大きな揺れを感じたあとに襲来します。しかし中には、地震の揺れが弱いのに、非常に大きな津波が発生するケースがあります。これを 「津波地震」 と呼びます。
代表的な例が 1896年の明治三陸地震 です。
陸で感じた揺れは震度2〜3程度と小さかったにもかかわらず、約30分後に高さ 最大38m に達する巨大津波が沿岸を襲い、歴史上最大級の犠牲者を出しました。
▼なぜ揺れが弱いのに巨大津波が起きるのか?
理由のひとつは 断層の動きが「ゆっくり」進行するタイプの地震 であることです。
- 断層が急激に動く → 強い揺れとして陸上に伝わる
- 断層がゆっくり動く → 揺れをほとんど感じない
- しかし断層のずれ幅や広さは大きいため、海底は大きく変形 → 結果として津波は大きくなる
つまり、揺れの強さと津波の大きさは必ずしも比例しない のです。
▼注意すべきポイント
過去の津波被害の約1割は津波地震によるものとされています。
このタイプの地震は「揺れが弱いから大丈夫だろう」と誤った判断を招きやすく、避難の遅れが大きな被害につながる危険があります。
そのため、津波警報・注意報が出たら、揺れが弱くても必ず避難する。これが最重要です。
▼震源が遠くても津波被害をもたらす──遠地地震
私たちは、津波というと「強い揺れのあとに来るもの」というイメージを持ちがちです。
しかし実際には、自分のいる場所ではまったく地震を感じていなくても、数千km離れた場所で起きた巨大地震の津波が、何時間もかけて押し寄せることがあります。
このタイプの津波を「遠地津波」と呼びます。
2004年12月のスマトラ島沖巨大地震(M9.0)では、震源から遠く離れたスリランカやインド沿岸に、地震の揺れを感じないまま津波だけが突然到達し、大きな犠牲が出ました。
このように、津波は震源の揺れとは関係なく伝わってくる場合があるため、警戒が難しい特徴があります。
気象庁では、**日本から600km以上離れた海域で発生した地震による津波を「遠地地震による津波」**としています。遠地津波は、海底地形の影響や海山(海底の山)による反射・散乱などを受けて、思わぬ場所で高さが増幅されることがあるため、油断は禁物です。
日本で特に有名な例が、1960年のチリ地震津波です。
南米チリ沖で発生したM9.5の超巨大地震による津波が、約22時間かけて太平洋を横断し、日本列島を襲いました。
北海道から沖縄まで広い範囲で142名が犠牲となり、遠く離れた地震でも津波が深刻な被害を及ぼすことが広く知られるきっかけとなりました。
現在では、ハワイの太平洋津波警報センター(PTWC)が世界中の観測データを解析し、津波の規模や到達予想時刻を速やかに各国へ発信する体制が整えられています。
しかし、大きな揺れがなかったからといって安心してはいけないという遠地津波の特徴は変わりません。
津波警報・注意報が出たら、揺れの有無に関係なく、速やかに避難行動をとる必要があります。
津波の特性
津波の速さ
津波は海の深さが深いほど速く進む性質があり、
深い海ではジェット機に匹敵する速さ(時速700km以上)になることもあります。
沿岸に近づくと速度は落ちますが、それでも
人が走って逃げるよりずっと速い速度(時速30〜40km以上)で押し寄せるため、
目で見てから逃げるのは不可能です。
だからこそ、
“揺れを感じたらすぐ逃げる”ことが何より大切です。
津波は何波も来る
津波は一度押し寄せたら終わり、というものではありません。地震によって海水が大きく持ち上がると、その影響は広い海域で長い時間続きます。海の中では波が反射したり、湾の内部で揺れが増幅したりするため、沿岸には何度も津波が押し寄せるのです。
波と波の間隔はさまざまで、数十分おきに到達することもあれば、震源が遠い地震では1時間以上あくこともあります。さらに注意しなければいけないのは、最初の波よりも、二度目・三度目の波のほうが高くなる場合が多いという点です。
実際の災害でも、第一波が引いた後に海の様子を見に行った人が、次に来た大きな波に巻き込まれて命を落とすケースが繰り返されています。第一波が小さくても決して油断してはいけません。避難の指示が解除されるまでは、海岸にも自宅にも戻らないことが大切です。
■ 湾の奥では津波がより高くなる
津波は、海の深い場所では速く進み、浅い場所に近づくにつれて高くなる性質があります。
とくに三陸沿岸のようなリアス海岸では、湾の形が“津波を集めてしまう”ため、より深刻な状況になります。
多くの湾は、入口が広く、奥に行くほど狭くなるV字のような形をしています。
このため、津波が湾の中へ入ると、広い入口からどんどん押し込まれ、狭い奥へ集中することで波が一気に高くなります。場合によっては、湾口よりも数倍も高くなることさえあります。
さらに、湾の奥には街や集落が発達していることが多く、波が高くなる場所ほど人が暮らしているという、被害が大きくなりやすい条件が重なっています。
また、地形によっては湾の奥だけでなく、岬の先端にも波が集まり、局所的に津波が高くなる場合もあります。
■ 津波は川や運河をさかのぼる
津波は海岸に押し寄せたあと、川や運河を上流へ向かって流れ込み、内陸まで侵入することがあります。津波の勢いが川の流れよりもはるかに強く、さらに川沿いは土地が低く波が入り込みやすいため、海から離れた場所でも浸水や建物被害が起こり得ます。
実際に、2011年の東日本大震災では、津波が北上川を40km以上も遡上し、川沿いの広い範囲で深刻な浸水が発生しました。
このように、津波は海岸だけでなく、川・運河・低地の上流域まで危険が及ぶため、避難や対策は広い範囲を想定して行う必要があります。考える必要があります。
津波から身を守るために知っておきたいこと
地震を感じたら、迷わずすぐに避難する
海の近くで 強い揺れ を感じたら、まず「津波が来るかもしれない」と考えて行動します。
たとえ揺れが弱くても、ゆっくり長く続く揺れ のときは「津波地震」の可能性があり危険です。
津波は必ず「引き波」から始まるわけではありません。
海が急に盛り上がる“押し波”から始まることも多いため、海の様子を見に行くのは非常に危険です。
揺れを感じたら、迷わず海岸から離れて安全な場所へ避難しましょう。
高台がない地域では、鉄筋コンクリートの高い建物へ避難する
地域によっては、高台まで遠く、すぐには逃げられない場所があります。
(例:千葉県九十九里浜のように、8km以上走らないと高台に着かない地域など)
そのような場所では、
鉄筋コンクリート造の5階以上の建物 を避難場所として事前に確認しておくことが大切です。
自治体では、建物の所有者と協定を結び、津波警報時に住民が入れるよう準備が進められています。
また、避難は 徒歩が原則 です。
車は渋滞の原因になったり、信号機の停止や道路の障害物で身動きが取れなくなる危険があります。
やむを得ず車を使う場合は、周囲をよく確認し、慎重な運転が必要です。
避難方法は、日ごろから地域で話し合って決めておくことが重要です。
津波注意報でも油断しない
“警報”でなく “注意報”だから大丈夫 と考えるのは危険です。
注意報の対象となる津波でも、高さ20cm〜1m とされています。
例えば50cmの津波でも、小さな子どもはもちろん、大人でも流されてしまう可能性があります。
また、津波は場所によって急に流れが速くなったり、強い力で押し寄せるため、
「注意報だから安全」ということはありません。
注意報が出た段階で、海岸から離れ、安全な場所に避難することが大切です。
津波による被害を軽減する
ハード対策の「限界」
日本では、津波から人やまちを守るために、さまざまなハード対策が行われてきました。
湾の入口で津波を防ぐ防波堤、沖合や沿岸に設けられた防波堤、水門などの施設は、津波の勢いを弱め、被害を減らす重要な役割を果たしています。
しかし、こうした施設があっても、すべての津波を完全に防げるわけではありません。
想定を超える大きな津波が来た場合には、防波堤を越えて水が流れ込んだり、施設そのものが損傷したりすることがあります。実際に、東日本大震災では、多くの防波堤が津波の越流によって被害を受けました。
また、これらの施設の中には、建設から長い年月が経っているものもあり、いざというときに機能するための点検や維持管理も欠かせません。
このため近年では、津波を完全に止めることだけを目指すのではなく、津波を受けても簡単には壊れず、浸水の深さや勢いを少しでも弱める「粘り強い」構造が重要だと考えられています。
つまり、ハード対策はとても大切ですが、それだけに頼らず、人の避難行動や備えと組み合わせることが不可欠なのです。
ソフト対策と組み合わせた「総合的な津波対策」が重要
防波堤や防潮堤などの施設を超える津波が発生した場合、人命を守る最後の手段は、早く正しく避難することです。
このような避難行動を支える、情報提供や避難計画、防災教育などを「ソフト対策」と呼び、ハード対策では補えない重要な役割を担っています。
まず大切なのは、津波に関する情報を確実に伝えることです。
地震発生後は、津波警報・注意報や避難指示などの情報を、テレビ・ラジオ・防災無線・携帯端末など、複数の手段を使って伝えることが必要です。災害時には通信が混雑することもあるため、ひとつの方法に頼らないことが重要です。
次に、迅速で安全な避難行動が欠かせません。
あらかじめ避難場所や避難経路を確認し、複数のルートを想定しておくことで、状況に応じた行動がとりやすくなります。また、避難したあとも、避難解除の情報が出るまでは自己判断で戻らないことが大切です。
さらに、津波対策は避難だけでなく、土地利用や復興計画も含めた長期的な視点が必要です。
想定を超える規模の地震や津波が起こる可能性も踏まえ、ハード対策とソフト対策を組み合わせた、人命最優先の総合的な津波対策が求められています。
津波情報をどう生かすか
津波情報は、早く出るだけでは十分ではありません。
その情報が、沿岸の住民だけでなく、観光客、移動中の人、船に乗っている人などにも、確実に伝わってこそ意味があります。情報が届かなければ、どんなに正確でも防災効果は下がってしまいます。
また、津波情報は、あらかじめ決めておいた避難計画と結びつけて使うことが大切です。
津波の大きさや到達までの時間に応じて、どこへ、どのルートで避難するのかを想定しておくことで、迷わず行動できます。
さらに、地震や津波の情報は、発生直後は速報性が重視され、その後、観測が進むにつれて内容が更新されていきます。
そのため、一度の情報だけで判断せず、最新の情報を確認し続けることが重要です。
津波情報は「知るための情報」ではなく、命を守る行動につなげるための情報として活用する必要があります。
津波ハザードマップの整備
津波から命を守るためには、避難を始めるだけでなく、どこへ、どれくらいの時間で逃げれば安全かを事前に知っておくことが欠かせません。
そのために役立つのが、津波ハザードマップです。
津波ハザードマップは、津波が発生した場合に、どの地域がどの程度浸水するおそれがあるのかを予測し、地図で示したものです。多くの市町村で作成・公開されていますが、東日本大震災の教訓を受けて、内容の見直しや新たな作成が進められてきました。
沿岸の自治体では、ハザードマップを住民に周知し、自分の住んでいる場所やよく行く場所が、どのような津波の危険にさらされるのかを、平常時から把握しておくことが重要です。そして、いざという時に、その情報をもとに迷わず避難できるようにしておく必要があります。
ただし、ハザードマップは「想定」に基づいて作られたものです。
想定を超える規模の津波が発生する可能性もあるため、一つの安全場所にこだわらず、より高く、より安全な場所へ移動する二次・三次避難も考えておくことが大切です。気象庁からの最新情報や周囲の状況を確認しながら、柔軟に行動する意識を持ちましょう。
津波が引き起こす二次災害
津波による被害は、水にのまれることだけではありません。
人的被害や建物被害に加え、道路や港湾などのインフラ被害、水産業・農業・観光への影響など、さまざまな被害が発生します。
これらは、津波による浸水や強い波の力だけでなく、
土砂の移動、塩水の侵入、漂流物の衝突、火災といった二次的な要因によって引き起こされます。
津波による火災
津波が火災を引き起こすことがある、という点は防災上とても重要です。
実際に、日本では津波の襲来と同時、または直後に火災が発生した例が数多くあります。
2011年の東日本大震災では、宮城県気仙沼市鹿折地区で津波直後に市街地火災が発生しました。
さらに、夜になって燃料タンクから漏れ出した油に引火し、海上火災も加わって、10万平方メートル以上が焼失する大規模火災となりました。
また、1993年の北海道南西沖地震では、奥尻島が大津波に襲われ、火災が発生して192棟が焼失しました。
1933年の昭和三陸地震津波でも、岩手県釜石市で火災が起こり、多くの建物が失われています。
現代社会での注意点
現在、日本の沿岸部には、港湾施設やコンビナート、石油タンクなどの危険物施設が多く集まっています。
津波によって漂流物がこれらに衝突すれば、出火や延焼によって大規模火災に発展する危険があります。
そのため、津波対策では「浸水への備え」だけでなく、
津波による火災の発生も想定した防災対策を、自治体や企業が一体となって進めることが重要です。